RESEARCH GUIDE / 2026.08.11

産後の性欲を、
時間と要因に分ける

「産後、性欲が戻らない」と感じたとき、研究が測っているのは性欲だけとは限りません。性行為を再開した時期、欲求、覚醒・潤滑、痛み、オルガズム、満足度、性的な苦痛は別の問いです。産後カップルの縦断研究と、授乳・睡眠・会陰や骨盤底・関係性を扱った一次研究を並べ、ひとつの期限や原因に短絡しない読み方を整理します。

公開日 2026年8月11日 / 最終更新 2026年8月11日 / 欲望の時間割 編集部

産後の「戻る時期」は、一つの時計ではない

研究では、産後の性行為の再開時期と、性欲・性機能・満足度が別々に測られます。2025年のスペイン研究では、6週時点で回答した女性の49.5%がまだ性行為を再開していませんでしたが、この数字はその研究の時点別サンプルの結果であり、全員が従う期限ではありません。

2023年の257組の縦断研究では、妊娠20週から産後6か月までの変化は一様ではなく、多くのカップルが高い機能・低い苦痛の軌跡に入る一方、母親側に低い機能や高い苦痛が続く少数の軌跡も確認されました。授乳、睡眠、痛み、疲労、自己像、関係性、パートナーの支援は、同じ一つの原因ではなく、時期ごとに確認する文脈です。

産後の性欲・性機能を、研究デザインごとに分ける

研究対象・方法測ったもの主な読み方
Tavares et al.
2023
初めて親になる257組。妊娠20週から産後6か月まで4時点で追跡。カップルの性機能と性的苦痛。疲労、ストレス、関係性、支援、授乳や会陰の情報も評価。性機能の高い軌跡は85%、パートナー間で異なる軌跡は15%。産後の変化は平均だけでなく、カップル内の違いを読む。
MacKenzie et al.
2023
初めて親になる203組。産後3・6・9・12か月で乳児の睡眠、親の睡眠、性欲、性行為頻度を報告。乳児睡眠から親の睡眠を経由した性欲・頻度の時間的な関連。睡眠の悪さと性欲・頻度の関連が示されたが、観察的な間接経路であり、睡眠だけが原因だと証明した研究ではない。
Artieta-Pinedo et al.
2025
スペインの産後女性281人による横断研究。欲求、覚醒、潤滑、オルガズム、満足度、痛みなどを質問。性行為の再開、授乳、性器の傷、自己像、パートナーの情緒的支援。性器の傷、授乳、自己像、支援が少なくとも3領域に関連した。横断研究なので、授乳や支援が変化を起こしたとは読まない。
Hagenbeck et al.
2025
産後24か月以内の女性2,106人。SNS経由のオンライン調査で、PISQ-IRを使用。性的に活動している人だけでなく、活動していない人の負担、欲求、覚醒・オルガズム、会陰の傷や骨盤底関連の影響。12〜24か月でも21%が性的に活動しておらず、その人たちの約44%が負担を感じた。分娩方法の差は領域ごとに異なり、会陰の傷との関連も説明力は限定的だった。
Capozzi et al.
2026
妊娠35週と産後6か月にFSFIを測った妊婦197人の前向き縦断研究。FSFIの総得点と欲求・覚醒など。分娩方法や会陰外傷も分析。妊娠後期に性的活動があった人では平均FSFIが26.98から23.53へ低下した。分娩方法との関連は観察結果で、個人の経過や帝王切開の推奨を意味しない。

※ 研究ごとに対象、時点、質問票、性行為の定義が違います。割合や平均値を、自分の「正常な期限」や診断へ置き換えないでください。

「性欲が戻らない」を五つに分ける

産後の相談では、性欲の低下と性行為の再開の遅れが同じ意味で語られがちです。研究の尺度と自分の困りごとを、まず別の箱に入れます。

欲求・関心

性的な考えや関心、性行為を求める気持ち。相手への欲求や一人での欲求など、対象によっても変わります。

再開・頻度

性行為をいつ再開したか、どのくらいの頻度か。機会、体力、同意、関係性、避妊の希望も含む行動の指標です。

覚醒・身体反応

興奮、潤滑、勃起などの身体的・主観的な反応。欲求があっても身体反応が追いつかないことがあります。

痛み・回復

会陰の傷、骨盤底の症状、乾燥、性交痛など。痛みがある状態で「性欲の問題」とだけ扱わないことが重要です。

満足度・苦痛

性生活をどう評価するか、変化を本人がどれほどつらいと感じるか。スコアの低さと本人の苦痛は同じ指標ではありません。

性行為をまだ再開していないことは、性欲がないことの証明ではありません。反対に、再開していても痛みや満足度の問題が残ることがあります。

授乳を、単独の原因にしない

授乳は、ホルモン、睡眠、時間の使い方、身体への接触、疲労、パートナーとの役割分担と同時に起きます。2025年のスペイン研究では授乳が複数の性機能領域と関連しましたが、横断研究であり、授乳だけが性欲を下げたと証明したわけではありません。

別の2023年の二者縦断研究では、乳児の睡眠の悪さが親の睡眠を介して性行為頻度や性欲と関連する経路が検討されました。ここでも、授乳しているかどうかだけでなく、夜間の睡眠、育児負担、性的な機会、本人の気分が同時に動いていないかを確認する必要があります。

授乳について言える範囲

授乳中の人を含む研究で、性欲・潤滑・痛み・再開時期などに関連が報告されることがある。集団の関連を、個人のホルモン状態や未来の予測にしない。

授乳だけでは答えられないこと

いつ性欲が戻るか、授乳をやめれば必ず戻るか、授乳していない人には起こらないか、という一人ひとりの因果や期限。

「授乳中だから仕方ない」と困りごとを閉じる必要もありません。痛み、乾燥、気分、睡眠、関係性など、本人が相談したい領域を分けて扱います。

分娩方法ではなく、症状の領域を見る

会陰の傷や器械分娩は、産後の性機能の一部の領域と関連する研究があります。しかし、分娩方法だけで欲求や満足度を決めることはできません。Hagenbeckらの2,106人研究では、鉗子・吸引分娩や会陰裂傷との関連が領域・時期ごとに異なり、モデルの説明力も高くありませんでした。

2026年の前向き研究でも、産後6か月のFSFIは妊娠後期より低下しましたが、帝王切開との関連は観察データの一つです。分娩方法を選べば性機能を守れる、あるいは特定の分娩を原因と断定できる結果ではありません。

頻繁または強い性交痛がある場合、痛みを我慢して再開時期に合わせる話ではありません。ACOGも、産後ケアで性生活や会陰・切開の回復を相談項目に含めています。痛みや出血などの症状があるときは、産婦人科などの医療者へ相談する境界です。

関係性と支援は、「性欲を上げる方法」ではない

産後の性欲を身体だけの問題にすると、睡眠、家事・育児の分担、自己像、パートナーからの理解、断る自由が見えなくなります。Tavaresらの研究では、関係の質やパートナーの支援、疲労・ストレスなどが、性機能や性的苦痛の異なる軌跡を考える材料になりました。スペイン研究でも、情緒的支援や自己像が複数領域と関連しました。

ただし、支援があれば必ず性欲が戻るという介入結果ではありません。性欲の差や性行為の再開を、パートナーへの義務や関係の合否判定に変えないことも、研究を読むときの重要な境界です。

研究で確認したい文脈

睡眠時間、夜間対応、家事・育児の負担、身体の回復、自己像、相手からの支援、関係の安全性、本人の気分。

本人にしか決められないこと

何を性的な親密さと感じるか、何を望むか、どこまでなら試せるか、断るか、いつ医療者へ相談するか。

研究が教えないことを、先に線引きする

  • 「6週・3か月・6か月なら必ず再開する」という個人の期限。
  • 授乳、帝王切開、会陰裂傷、睡眠不足のうち、どれか一つが本人の性欲の原因だという判定。
  • 平均FSFIや再開率から、本人の正常・異常やパートナーとの相性を決めること。
  • 性欲を戻すために授乳をやめる、痛みを我慢する、相手の希望に合わせる、といった行動の推奨。

記事の数値より先に、同意、痛みのないこと、本人のペースがあります。性欲の変化が本人の苦痛になっている場合や、痛み・出血・傷の回復・気分の悪化が気になる場合は、研究の平均値で処理せず相談してください。

産後の性欲の研究を読む5つの確認

  1. 何が変わったか:欲求、再開時期、頻度、覚醒・潤滑、オルガズム、痛み、満足度、苦痛を分ける。
  2. いつのデータか:産後何週・何か月か、妊娠中の基準値があるか、同じ人を追ったかを見る。
  3. 授乳以外を測ったか:睡眠、疲労、育児負担、気分、会陰・骨盤底、自己像、関係性、支援の扱いを確認する。
  4. 関連か因果か:横断研究、縦断研究、無作為化試験のどれか。調整後の結果と、調整されていない要因を分ける。
  5. 本人の苦痛と同意はどうか:再開の早さを目標にせず、痛みや困りごと、望む親密さ、相談先を本人の言葉で整理する。

強い痛み、続く出血、傷の回復への不安、発熱、排尿・排便の困りごと、気分の悪化、安全に関わる不安がある場合は、性欲の研究記事ではなく、産婦人科や地域の医療・相談窓口へつなぐ領域です。

参考文献

  1. Tavares, I. M., Rosen, N. O., Heiman, J. R., & Nobre, P. J. (2023). Biopsychosocial Predictors of Couples’ Trajectories of Sexual Function and Sexual Distress Across the Transition to Parenthood. Archives of Sexual Behavior, 52(4), 1493–1511. DOI 10.1007/s10508-022-02480-8
  2. MacKenzie, N. E., Gordon, A. M., Impett, E. A., & Rosen, N. O. (2023). Indirect associations between infant sleep, parental sleep, and sexual well-being in new parent couples. Journal of Family Psychology, 37(3), 347–357. DOI 10.1037/fam0001040PMID 36326667
  3. Artieta-Pinedo, I., Paz-Pascual, C., Garcia-Alvarez, A., Bully, P., Ema-Q Group, & Espinosa, M. (2025). Resumption of sexual activity after childbirth and its related factors in Spanish women, a cross-sectional study. Midwifery, 141, 104259. DOI 10.1016/j.midw.2024.104259PMID 39673987
  4. Hagenbeck, C., Kössendrup, J., Soff, J., Thangarajah, F., & Scholten, N. (2025). Pelvic floor-related sexual functioning in the first 24 months postpartum: Findings of a large cross-sectional study. Acta Obstetricia et Gynecologica Scandinavica, 104, 203–214. DOI 10.1111/aogs.14990PMID 39460381
  5. Capozzi, V. A., Maglietta, G., Monfardini, L., et al. (2026). Sexual well-being before and after childbirth: a prospective longitudinal study using the Female Sexual Function Index. American Journal of Obstetrics & Gynecology MFM, 8(8), 102023. DOI 10.1016/j.ajogmf.2026.102023PMID 42285350
  6. American College of Obstetricians and Gynecologists. Optimizing Postpartum Care. 産後ケアで、性・避妊、睡眠・疲労、身体の回復、気分などを相談項目として扱う公的ガイダンス。ACOG guidance

出典は2026年8月11日にPubMed・出版社ページ・大学研究ページ・DOI・公的ガイダンスの書誌情報と抄録・本文を確認しました。研究の要約は日本語で再構成したもので、原文の長い引用ではありません。

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