RESEARCH GUIDE / 2026.08.11
妊娠中の性欲を、
週数と要因に分ける
「妊娠中、性欲がない」「妊娠してから性行為が減った」と感じたとき、研究が測っているものは一つではありません。欲求、性行為の頻度、覚醒・潤滑、痛み、満足度、性的な苦痛、妊娠している人とパートナーそれぞれの欲求は別の問いです。妊娠週数の変化と、つわり・疲労・不安・身体像・関係性を分け、一次研究と公的案内の射程を整理します。
妊娠中の「戻る時期」は、一つの曲線ではない
ACOGは、健康な妊娠では多くの性行為が安全だと案内しつつ、1 trimesterはつわりや疲労で性欲が下がり、2 trimesterに戻る人もいれば、3 trimesterに再び下がることもあると説明しています。これは相談の入口になる一般的な案内で、全員の週数別の予測や、性行為を続ける義務ではありません。
一次研究でも、妊娠している人の欲求とパートナーの欲求は同じ動きをせず、性欲と性行為頻度も一致しません。低い欲求と性的苦痛も別々に現れます。週数を確認するだけでなく、何が変わったのか、本人が苦痛を感じているのか、妊娠の合併症や症状がないかを分けて見るのが安全な読み方です。
妊娠中の性欲・性機能を、研究デザインごとに分ける
| 研究 | 対象・方法 | 測ったもの | 主な読み方 |
|---|---|---|---|
| Fernández-Carrasco et al. 2020 | 妊娠初回受診の108組、計216人。妊娠中を縦断的に追跡。 | 妊娠している女性と男性パートナーの一人での欲求・相手への欲求。 | 男性パートナーの欲求は全期間で女性より高く、女性は1 trimesterが低かった。妊娠している人とパートナーを同じ曲線にしない。 |
| Blumenstock & Barber 2022 | 237人の妊娠から得た2,872週分の回答。若い女性の人口ベース標本で週ごとに調査。 | 性欲ではなく、妊娠週ごとの性行為頻度。 | モデル上の頻度は妊娠初期に低下し、中期に一時的に上がり、後期に再び低下した。三半期の境界より、つわり・疲労などの症状の時間経過に近いパターンだった。 |
| Malary et al. 2021 | イランの妊婦295人による横断研究。質問票のカットオフで低い欲求と性的苦痛を別々に評価。 | 低い性欲、性的苦痛、身体像、性交頻度、前戯への満足、流産への恐れ、妊娠三半期。 | 低い欲求は56.3%、性的苦痛は17.3%が基準値に該当したが、これは同じ集団・尺度の割合。両者に関連する要因は一致しなかった。 |
| Guermazi et al. 2025 | チュニジアの妊婦34人による小規模オンライン横断研究。 | 妊娠中の性行為への信念、情報を求めた経験、FSFIによる性機能。 | 性行為が胎児を傷つけるという不安や、医療者から情報を得る機会がテーマになった。小標本・任意回答なので、性機能障害の割合を妊婦全体へ一般化しない。 |
| Iravani et al. 2026 | 妊娠20〜35週で、低い性的QOLと臨床的な性的苦痛がある84人を無作為化。最終解析は81人。 | 7週のマインドフルネス型認知行動療法、性的QOL(SQOL-F)、性的苦痛(FSDS)。 | 介入群は7週後と1か月後にQOL改善・苦痛低下を示した。ただし、合併症のない選択された既婚女性の小規模試験で、全妊婦の性欲や性行為の標準解ではない。 |
※ 年齢、文化、妊娠週数、質問票、性行為の定義が研究ごとに違います。割合や平均値を、自分の「正常な期限」や診断へ置き換えないでください。
「妊娠してから性欲がない」を五つに分ける
妊娠中の相談では、性欲の低下と性行為の減少が同じ意味で語られがちです。研究の尺度と自分の困りごとを、まず別の箱に入れます。
欲求・関心
性的な考えや関心、性行為を求める気持ち。一人での欲求と相手への欲求、妊娠している人とパートナーの欲求は別々に動きます。
性行為・頻度
性行為をするか、どのくらいの頻度か。体力、症状、同意、避妊や感染症への希望、関係性などが含まれる行動の指標です。
覚醒・身体反応
興奮、潤滑、勃起などの身体的・主観的な反応。欲求があっても、吐き気や疲労、身体の変化で反応が変わることがあります。
痛み・快適さ
腹部の不快感、乾燥、姿勢での負担、性交時の痛みなど。身体症状を「性欲の問題」とだけ扱わないことが重要です。
満足度・苦痛
性生活をどう評価するか、変化を本人がどれほどつらいと感じるか。スコアの低さと本人の苦痛は同じ指標ではありません。
性行為が減ったことは、性欲がないことの証明ではありません。反対に、性行為を続けていても痛み、不安、満足度、同意の問題が残ることがあります。
三半期より、週数と症状の重なりを見る
Fernández-Carrascoらの縦断研究では、妊娠している人の欲求は1 trimesterが低く、男性パートナーの欲求は全期間で高めでした。これは「女性の性欲は必ず2 trimesterに戻る」という意味ではなく、妊娠している人とパートナーの経験を別々に測る必要を示します。
BlumenstockとBarberの週次研究は、欲求ではなく性行為頻度を測りました。妊娠初期から11週ごろまで低下し、11〜21週ごろに上がり、出産に近づくと再び低下するモデルが最も合いました。研究者は、三半期の境界だけでなく、吐き気や疲労の症状の変化に近いパターンだと読みました。
時期の問い
妊娠何週か、症状がいつ強いか、前回の週や妊娠前と何が違うか。同じ人を追った研究か、異なる人を時点別に比べた研究かも確認します。
行動の問い
性行為の頻度が変わったのか、欲求が変わったのか、相手との機会や同意が変わったのか。行動だけで気持ちを推測しません。
低い欲求と、性的な苦痛は同じではない
Malaryらの横断研究では、質問票の基準で低い性欲に該当した人と、性的苦痛に該当した人の割合が異なり、関連する要因も一致しませんでした。身体像、性交頻度、前戯への満足は低い欲求との関連を、年齢、流産への恐れ、妊娠三半期などは苦痛との関連を考える材料になりました。
この結果は、低い欲求を見つけたら直ちに治すべきだという意味ではありません。欲求の変化を本人が問題と感じているか、恐れや痛みがあるか、パートナーから圧力を受けていないかを分けることで、研究の数値を本人の経験に近づけて読めます。
「妊娠中は性欲が下がるもの」と一括りにして、つらさや不安を見落とさない。反対に、つらくない変化を、平均値から外れた異常として扱わない。この両方が必要です。
不安と関係性を、「性欲を上げる方法」にしない
妊娠中は、胎児を傷つけるのではないか、身体が変わって魅力がなくなったのではないか、性行為を断ると関係が悪くなるのではないか、といった不安が重なることがあります。Guermaziらの34人研究は、性行為への信念や情報不足を扱いましたが、小規模な任意回答の横断研究です。信念の割合を全ての妊婦へ広げたり、情報提供だけで性欲が変わると結論づけたりはできません。
妊娠している人の欲求とパートナーの欲求を別々に測った研究があることも重要です。どちらかの欲求を、相手の希望に合わせる義務や、関係の合否判定に変えない。話し合う内容は、したいかどうか、どの親密さなら心地よいか、何が不安か、いつ医療者へ相談するかです。
研究で確認したい文脈
吐き気、疲労、睡眠、痛み、身体像、流産への恐れ、関係の安全性、パートナーの支援、本人の気分。
本人にしか決められないこと
性行為をするか、別の親密さを選ぶか、途中でやめるか、断るか、どの症状を相談するか。
介入研究が示したのは、限定された集団のQOLと苦痛
Iravaniらの2026年無作為化試験では、妊娠20〜35週で、性的QOLが低く性的苦痛が臨床的に高い、医学的な性交制限のない女性を選び、7週のマインドフルネス型認知行動療法を調べました。介入群は性的QOLが高くなり、性的苦痛が低くなりましたが、測定の中心はSQOL-FとFSDSで、妊娠中の全員の「性欲」や性行為頻度を予測する試験ではありません。
300人をスクリーニングして84人が無作為化され、最終解析は81人でした。20〜35歳、既婚、初産または1回の出産経験、特定の合併症や疾患がないなど、選択条件があります。小規模・単施設・自己報告・1か月追跡という限界もあるため、研究結果を自己判断の治療や、妊娠中に性行為を増やす目標へ変換しません。
困りごとがある場合の選択肢は、妊娠経過と症状を把握している産婦人科・助産師などに相談し、必要なら心理・性の相談先を一緒に考えることです。薬や運動、性行為の可否を記事の数値だけで決めないでください。
安全性は、研究記事の平均値より先に確認する
ACOGは、健康な妊娠では多くの性行為が安全だとしながら、妊娠の合併症や個別の疑問がある場合は産婦人科医へ相談するよう案内しています。挿入を伴う性行為の後の軽いけいれんや少量の出血は起こり得ますが、強く続くけいれんや通常の月経のように多い出血があれば、産婦人科医へ連絡する境界です。
安全な妊娠に当てはまるか、どの行為が適切かは、妊娠経過や症状によって変わります。性欲があっても、同意がなければしない。性欲がなくても、相手の希望のために応じる義務はない。痛みや不安があれば止めて相談する、という本人のペースを研究の「標準」より優先します。
研究が教えないことを、先に線引きする
- 「1 trimesterは低く、2 trimesterで戻り、3 trimesterで下がる」という一つの曲線が、全員に当てはまること。
- 性行為の頻度から、妊娠している人やパートナーの性欲、満足度、関係性を逆算すること。
- つわり、疲労、ホルモン、身体像、不安のどれか一つを、本人の性欲の原因と判定すること。
- 質問票のカットオフや平均FSFIから、本人の正常・異常や、性行為をすべき頻度を決めること。
- 妊娠の合併症や出血・痛みがある場合に、研究の平均値を根拠として性行為を続けること。
記事の数字より先に、本人の同意、快適さ、安全があります。性欲の変化が苦痛になっている場合、痛み・出血・強い不安・気分の悪化がある場合は、研究の平均値で処理せず医療者へ相談してください。
妊娠中の性欲の研究を読む5つの確認
- 何が変わったか:欲求、性行為頻度、覚醒・潤滑、痛み、満足度、性的苦痛を分ける。
- 誰のデータか:妊娠している人か、パートナーか、カップルか。年齢、文化、妊娠週数、合併症の条件を見る。
- いつのデータか:妊娠何週か、同じ人を追ったか、つわりや疲労などの症状と同じ時間軸で測ったかを確認する。
- 関連か因果か:横断研究、縦断研究、無作為化試験のどれか。調整後の関連と、介入で変化した結果を混ぜない。
- 本人の同意と苦痛はどうか:性行為を増やす目標ではなく、心地よさ、不安、痛み、相談したい症状を本人の言葉で整理する。
参照した一次研究・公的案内
- Fernández-Carrasco FJ, Rodríguez-Díaz L, González-Mey U, Vázquez-Lara JM, Gómez-Salgado J, Parrón-Carreño T. Changes in Sexual Desire in Women and Their Partners during Pregnancy. J Clin Med. 2020;9(2):526. DOI: 10.3390/jcm9020526. PMID: 32075159.
- Blumenstock SM, Barber JS. Sexual Intercourse Frequency During Pregnancy: Weekly Surveys Among 237 Young Women From A Random Population-Based Sample. J Sex Med. 2022;19(10):1524–1535. DOI: 10.1016/j.jsxm.2022.07.006. PMID: 35953427.
- Malary M, Moosazadeh M, Keramat A, Sabetghadam S. Factors influencing low sexual desire and sexual distress in pregnancy: A cross-sectional study. Int J Reprod Biomed. 2021;19(10):909–920. DOI: 10.18502/ijrm.v19i10.9823. PMID: 34805731.
- Guermazi F, Ajmi S, Ben Jmaa M, Masmoudi R, Zouari A, Amamou B, et al. Sexuality and pregnancy: Beliefs and dysfunctions in pregnant women. J Obstet Gynaecol Res. 2025;51(1):e16169. DOI: 10.1111/jog.16169. PMID: 39627991.
- Iravani M, Molavi S, Ghanbari S, Ahmadiyan H. Mindfulness-based cognitive-behavioral therapy improves sexual quality of life and reduces sexual distress in pregnant women. Discover Mental Health. 2026;6:137. DOI: 10.1007/s44192-026-00366-y. PMID: 42184044.
- American College of Obstetricians and Gynecologists. Is it safe to have sex during pregnancy? Published February 2021; last reviewed February 2021.
参照日は2026年8月11日。研究の対象・尺度・制約を確認し、相関を個人の原因や治療効果へ言い換えていません。
関連:産後の性欲・性機能を読む / 年齢と性欲の研究を読む