RESEARCH GUIDE / 2026.08.12
痛みと欲望を、
同じ指標にしない
性交痛や外陰部痛があると、性欲はなくなるのでしょうか。研究では、痛みの場所・強さ、性への欲求、覚醒や潤滑、性交の頻度、回避、性的苦痛、満足度が別々に測られます。痛みがある人の体験を「性欲が低い」という一つの数字へ押し込めず、何が起きているかを読み解きます。
痛みがあることと、性欲がないことは同じではない
子宮内膜症の女性565人と年齢・民族背景を合わせた対照565人を比べた研究では、直前1か月に性活動があった人は子宮内膜症群で69.1%、対照群で77.8%でした。一方、「もっと高い頻度の性活動を望む」と答えた人は子宮内膜症群で42.3%、対照群で30.5%。性交痛は性活動の少なさと関連しましたが、性行動が少ないことを、そのまま欲求がないこととは読めません。
性交痛が続く、強い、生活や関係に影響する場合は、痛みの原因を確認するために医療者へ相談する境界です。痛みを我慢して同意を証明したり、性欲を高めることだけを目標にしたりする必要はありません。痛み、欲求、覚醒、同意、本人の苦痛を別々に扱います。
痛み・欲求・性行動を、研究デザインごとに分ける
| 研究 | 対象・方法 | 測ったもの | 主な読み方 |
|---|---|---|---|
| Bernays et al. 2020 | 組織診断で確認された子宮内膜症の女性565人と、年齢・民族背景を合わせた対照565人。ドイツ・スイス・オーストリアの多施設症例対照研究。 | 直前1か月の性活動、望む頻度、性行為の種類、性交痛、慢性痛。 | 子宮内膜症群は性活動が少ない一方、より多い頻度を望む人も多かった。性交痛と性活動を関連づけたが、欲求の消失を証明した研究ではない。 |
| Shum et al. 2018 | 子宮内膜症・骨盤痛の専門施設の前向き登録。手術で組織診断が確認された277人、平均34.2歳。 | EHP-30性交サブスケール、深部・表在性交痛、抑うつ、痛みの破局化、膀胱痛症候群。 | 深部性交痛が強いほど性的QOLが悪い関連は、他の痛みや心理要因を調整しても残った。専門施設の選択集団で、個人への因果推定ではない。 |
| Privitera et al. 2023 | 子宮内膜症と診断された人2,060人のオンライン質問票。平均30.5歳、18〜62歳、87.8%は手術診断。 | 症状頻度、性交痛、性的苦痛、性行動の回避、性生活への負の影響。 | 症状頻度、性交痛、性的苦痛が、性行動の回避や性生活への負の影響と関連。オンライン自己報告で、原因の方向や一般人口への割合は決めない。 |
| Morin et al. 2021 | 誘発性前庭痛と診断された212人。10週間の多面的理学療法と5%リドカインを無作為化し、6か月まで追跡。 | 性交痛を主評価、FSFIの性機能、FSDSの性的苦痛、満足度、改善感。 | 理学療法群はリドカイン群より痛み、性機能、性的苦痛などで良い結果。選択された臨床試験で、全ての性交痛や自己流の治療へ広げない。 |
| Bergeron et al. 2021 | 誘発性前庭痛の女性とパートナー108組。カップル認知行動療法とリドカインを無作為化し、治療後と6か月に評価。 | 痛み、痛みへの不安・破局化、女性とパートナーの性機能、性的苦痛、満足度。 | カップル療法は痛みの不快感、痛みへの不安、女性の性的苦痛など複数領域でリドカインより改善。パートナーを含む選択集団の結果で、性欲を一律に上げる処方ではない。 |
| ACOG | 性交痛に関する公的患者向け案内。外陰部・膣入口・膣内・骨盤など痛む場所と、外陰部痛、ホルモン変化、気分やストレスなどを分けて説明。 | 痛みの頻度・強さ、性交への影響、性反応、受診の目安。 | 頻回または強い性交痛は医療者に相談する境界。痛みの原因を確認しながら、性反応の問題も別に扱う。 |
※ 研究ごとに痛みの定義、対象疾患、パートナー条件、質問票、観察期間が違います。性活動の回数、欲求の強さ、性的QOL、性的苦痛を同じ割合に変換しません。
「性交痛で性欲が下がる」を六つに分ける
痛みがあるときに「性欲が下がった」と感じても、研究や相談では、何が変わったのかを分解します。一つの指標が別の指標を代表するとは限りません。
痛みの場所・場面
入口付近か深部か、挿入時か動作中か後か、タンポンや診察でも痛むか。痛みの場所ときっかけを分けます。
始めたい・受け入れたい欲求
性への空想、始めたい気持ち、相手の誘いを受け入れたい気持ち。痛みを避ける行動が、欲求の強さを直接表すとは限りません。
覚醒・潤滑・身体反応
欲求があっても覚醒や潤滑、筋肉の緊張、痛みが問題になることがあります。痛みだけで欲求の有無を決めません。
性行動・機会
性交の頻度や中止は、痛み、同意、パートナー、時間、体位、安全、代替の親密さの影響を受けます。欲求の代理ではありません。
予期不安・回避
「また痛むかもしれない」という予測、診察や挿入への不安、避ける工夫。心理的反応があることを「気のせい」と扱いません。
苦痛・満足・関係性
本人が困っているか、満足や親密さがどう変わったか、相手との会話や安全がどうか。欲求の量だけを健康の基準にしません。
痛みが出たら止める、体位や行為を変える、挿入しない親密さを選ぶことは、性欲の低さや失敗の証明ではありません。本人の同意と快適さが先です。
子宮内膜症の研究は、欲求と行動のずれを見せる
Bernaysらの565組の比較では、子宮内膜症の女性は対照より直前1か月の性活動が少ない一方、より高い頻度を望む割合は高くなりました。性交痛は性活動と関連しましたが、痛みがあるから性欲がない、という一本道の結果ではありません。痛みで実行できない、相手と調整している、別の親密さを選んでいる、といった経路が混ざります。
Shumらの専門施設研究では、深部性交痛の強さと性的QOLの悪さが関連し、抑うつ、痛みの破局化、表在性交痛、膀胱痛症候群なども関係しました。Priviteraらの大規模オンライン研究でも、性交痛・症状頻度・性的苦痛と回避が関連しました。ただし、紹介施設やオンライン回答者の集団であり、子宮内膜症の全ての人や一般人口の割合へそのまま広げません。
同じ「性欲が下がった」という言葉でも、欲求が変わったのか、痛みを避けて行動を変えたのか、痛みのために苦痛が生じたのかで、必要な支援は変わります。
痛みの研究から、原因を一つに決めない
性交痛には、外陰部や膣入口の痛み、深部の骨盤痛、乾燥やホルモン変化、炎症・感染、筋肉の緊張、子宮内膜症、気分やストレスなど複数の経路が関わり得ます。ACOGの案内も、痛む場所と性反応の問題を分け、頻回または強い痛みでは医療者に相談するよう示しています。ここで挙げた候補から自己診断はできません。
記録するなら、痛みがいつ・どこで・どの動作に・どの強さで出るか、始まる前後の欲求や覚醒、潤滑、出血などの症状、月経・更年期・薬・感染症状との重なりを書きます。性交の回数だけで「性欲」を測らず、痛みを我慢した回数を健康指標にしません。
相手の期待に応えるための痛み、強制、暴力、安全上の不安がある場合は、性欲の問題として適応させず、信頼できる支援や地域の相談窓口を優先してください。
治療試験は、痛み・苦痛・機能のどこが変わったかを読む
Morinらの無作為化試験では、誘発性前庭痛の女性212人を、多面的理学療法または夜間の5%リドカインへ割り付けました。治療後と6か月の両方で、理学療法群は性交痛、性機能、性的苦痛、満足度、改善感などでリドカイン群を上回りました。これは、痛みを扱う治療で性機能や苦痛も動き得ることを示しますが、研究の対象・治療法・期間が限定されています。
Bergeronらの108組の試験では、カップル認知行動療法がリドカインと比べ、女性の痛みの不快感、痛みへの不安・破局化、性的苦痛、全体的な性生活の改善など複数の結果で良い成績でした。パートナーの性機能や苦痛も追跡していますが、これも誘発性前庭痛と診断された臨床試験集団での結果です。
研究で使われた理学療法、リドカイン、認知行動療法などを、診断なしに自己開始・中止するための記事ではありません。痛みを減らすこと、性機能を回復すること、本人が望む親密さを取り戻すことは、重なる部分があっても同じアウトカムではありません。
相談するときは、性欲の数字より痛みの体験を伝える
性交痛が頻回または強い、続いている、以前はなかった痛みが出た、性交や診察を避けるほど困っている、乾燥・出血・感染を疑う症状などがある場合は、婦人科やかかりつけ医などへ相談します。痛みの場所と経過、性交以外での痛み、月経や薬との関係、欲求・覚醒・潤滑・満足・苦痛を分けて伝えると、原因を一つに決めずに整理しやすくなります。
診察や治療でも、何をするか、どこまでならよいか、止めたいときに止められるかを確認して構いません。相手の希望だけで性交を続けず、痛みのない行為や休む選択を含めます。
この記事は性交痛、外陰部痛、子宮内膜症、前庭痛、性欲低下の診断を行うものではありません。急な強い痛み、重大な出血、発熱、強制や暴力など安全に関わる状況では、通常の性欲スコアではなく地域の緊急・医療支援へ。
研究が教えないことを、先に線引きする
- 性交痛がある人は、必ず性欲が低い、性的に活動しない、関係に不満があるということ。
- 性交の頻度、回避、性的QOL、性的苦痛を、性欲の強さへそのまま置き換えること。
- 子宮内膜症や前庭痛の研究結果を、診断のない人や全ての年齢・性自認・関係性へ一般化すること。
- 横断研究やオンライン調査の関連を、痛みが欲求を下げたという一方向の因果へ変えること。
- 痛みを我慢して性交を続けること、性欲を高くすることだけを健康の目標にすること。
- 治療試験の平均的な改善を、自己判断の薬・運動・挿入や現在の治療変更へ変えること。
痛みと欲望を分けて測ることは、痛みの影響を小さく見るためではありません。痛みでできなくなったこと、まだ望んでいること、本人が苦痛に感じていることを別々に見つけ、必要な支援へつなぐためです。
参照した一次研究と公的資料
- Bernays V, Kohl Schwartz A, Geraedts K, Rauchfuss M, Wölfler MM, Haeberlin F, von Orelli S, Eberhard M, Imthurn B, Fink D, Imesch P, Leeners B. Qualitative and quantitative aspects of sex life in the context of endometriosis: a multicentre case control study. Reprod Biomed Online. 2020;40(2):296–304. DOI: 10.1016/j.rbmo.2019.10.015. PMID: 31954612.
- Shum LK, Bedaiwy MA, Allaire C, Williams C, Noga H, Albert A, Lisonkova S, Yong PJ. Deep Dyspareunia and Sexual Quality of Life in Women With Endometriosis. Sex Med. 2018;6(3):224–233. DOI: 10.1016/j.esxm.2018.04.006. PMID: 29801714; PMCID: PMC6085224.
- Privitera G, O'Brien K, Misajon R, Lin CY. Endometriosis Symptomatology, Dyspareunia, and Sexual Distress Are Related to Avoidance of Sex and Negative Impacts on the Sex Lives of Women with Endometriosis. Int J Environ Res Public Health. 2023;20(4):3362. DOI: 10.3390/ijerph20043362. PMID: 36834055; PMCID: PMC9967948.
- Morin M, Dumoulin C, Bergeron S, Mayrand MH, Khalifé S, Waddell G, Dubois MF; PVD Study Group. Multimodal physical therapy versus topical lidocaine for provoked vestibulodynia: a multicenter, randomized trial. Am J Obstet Gynecol. 2021;224(2):189.e1–189.e12. DOI: 10.1016/j.ajog.2020.08.038. PMID: 32818475.
- Bergeron S, Vaillancourt-Morel MP, Corsini-Munt S, Steben M, Delisle I, Mayrand MH, Rosen NO. Cognitive-behavioral couple therapy versus lidocaine for provoked vestibulodynia: A randomized clinical trial. J Consult Clin Psychol. 2021;89(4):316–326. DOI: 10.1037/ccp0000631. PMID: 34014693.
- American College of Obstetricians and Gynecologists. When Sex Is Painful. 公的患者向け案内。参照日 2026-08-12.
参照日は2026年8月12日。痛み、欲求、性行動、性的苦痛、性的QOL、治療試験の選択基準を確認し、性交痛を一律の性欲低下や自己治療の指示へ言い換えていません。
関連:低い性欲と性的苦痛の研究を読む / 更年期と性欲の研究を読む / 薬と性機能の研究を読む / 性欲スコアの測定を読む