RESEARCH GUIDE / 2026.08.11

「性欲の差」は、
誰か一人の問題なのか?

カップルの一方が「したい」と感じ、もう一方が同じタイミングではそう感じない。研究ではこの状態を sexual desire discrepancy(欲求不一致、性欲の差)として扱います。ただし、差があることと、差が苦痛や葛藤になっていることは同じではありません。

公開日 2026年8月11日 / 最終更新 2026年8月11日 / 欲望の時間割 編集部

目標は「ぴったり同じ」ではなく、差と苦痛を分けて読むこと

2021年の229組研究では、二人の欲求の差(SDD)が大きい日ほど翌日の性的苦痛が高く、ベースラインの差は12か月後の苦痛も予測しました。逆に、苦痛が先に差を生むという方向は有意ではありませんでした。一方、2020年オンライン公開・2021年号の366組研究では、欲求が一致していること自体に独自の満足度効果は見つからず、二人の欲求水準が高いことのほうが性的・関係満足度と関連しました。

この二つは矛盾ではありません。欲求の差が負担になる場面はあり得ますが、同じになることを全カップルの目標にしたり、一方だけを「低い側」「悪い側」と決めたりする根拠にはなりません。

「性欲の差」を測る研究は、問いが一つではない

研究対象・方法測ったもの主な読み方
Archives of Sexual Behavior
2021
同性/異性カップルを含む地域サンプル229組。35日間の日記と12か月の縦断調査。二人の性的欲求、欲求差(絶対差)、性的苦痛。欲求差は翌日と12か月後の苦痛を予測した。性別やカップルタイプによる有意な調整はなかった。
Social Psychological and Personality Science
2020 online/2021 issue
カップル366組。二人の欲求の対応を、差の単純な点数ではなく応答曲面分析で検討。パートナー間の性的欲求と、性的・関係満足度。「一致していること」自体の独自効果は支持されず、欲求水準の高さが満足度と関連した。
Journal of Marital and Family Therapy
2024
恋愛関係にあり、欲求差を自覚する成人300人。平均29.5歳、86.3%がLGBTQ+。性的・愛情的欲求の差と、それを扱うために本人が語った方略。テーマ分析。代替行動、コミュニケーション、何もしない、気が進まないまま行動する、片方に主導権を渡す、の5方略が現れた。
Family Process
2024
長期的な関係にある多様なカップルの半構造化インタビュー。カップル面接と個別面接、n=26。欲求差の経験、性行為頻度・欲求・行動の変化、障壁、対処。性的・関係満足度、時間による変化、性への障壁、欲求差への対処という4テーマが整理された。
Archives of Sexual Behavior
2025
男性とパートナー関係にある、低い性欲を経験する女性130人。自分の低い性欲を何のせいだと捉えるか、責任感や感情。心理・個人、関係性、生物学、社会文化、性的指向・アイデンティティなど複数の帰属があり、単一原因ではなかった。

※ 研究間で、実際の欲求差、本人が感じる差、行動の差、低い欲求への自己帰属が異なります。数値や結論を一つの「相性スコア」へ換算していません。

差の測り方を、三つに分ける

「性欲の差」という言葉だけでは、研究が何を比べたか分かりません。二人の質問票の点数を実際に引き算したのか、一人が「相手より自分のほうがしたい」と感じているのか、ある期間の行動回数が違うのかで、意味が変わります。

実測された欲求差

両者の欲求を同じ尺度で測り、その差を計算する方法。Jodouinらは二人の欲求の絶対差を使い、日ごとの変化を追いました。

知覚された欲求差

本人が「自分とパートナーの欲求が合わない」と感じること。実測差とは別で、差をどう解釈し、問題だと感じるかが含まれます。

行動・頻度の差

性行為の回数や開始の頻度が違うこと。欲求、機会、合意、健康、時間の制約が混ざるため、欲求差の直接の代用にはなりません。

苦痛・葛藤

差やその解釈によって、本人や関係に困りごとが生じている状態。差があること自体や、低い側がいること自体と同じではありません。

同じ「差」でも、二人が自然な変動として扱える場合と、拒絶・義務・関係の価値の問題として受け取る場合があります。研究結果を読むときは、差の大きさだけでなく、苦痛や意味づけが測られているかを確認します。

欲求差と苦痛は、時間の中でどう動くか

Jodouinらの研究は、カップルの欲求を一度だけ測って順位づけするのではなく、35日間の日記と12か月の調査を使いました。二人の欲求差が大きい日には、次の日の性的苦痛が高く、開始時点の差も12か月後の苦痛を予測しました。

研究から言えること

欲求差と性的苦痛には時間的な関連があり、差を個人の性別や「高い側・低い側」だけに還元しないほうがよいこと。

研究から言えないこと

差があるカップルは必ず不幸になること、差をなくせば苦痛が消えること、どちらか一人の欲求を原因と決めること。

研究は観察的な日記・縦断データであり、欲求差を操作して効果を確かめる実験ではありません。差と苦痛の関連を、すべてのカップルに同じ形で当てはめないことも重要です。

「同じくらい欲しがる」ことだけを満足度の条件にしない

Kimらは366組について、欲求の差を単純な引き算だけで処理せず、二人の欲求水準と組み合わせの形を応答曲面分析で調べました。結果は、二人の欲求が一致していることに独自の満足度効果があるという仮説を支持しませんでした。欲求水準が高いことのほうが、性的・関係満足度と関連しました。

この結果は「差は問題にならない」と言っているのではありません。差があっても、二人がどう扱うか、どの程度を問題だと感じるか、拒否や希望を安全に話せるかは別の問いです。目標を「同じにする」と固定すると、低い側の修正だけを求めたり、頻度を増やす圧力に変わったりします。

性的欲求や行動について、同意のない圧力や恐怖がある場合は、研究の平均やカップルの相性の問題として処理しないでください。安全と自律は、頻度や満足度より先に確認する境界です。

「対処法」は、推奨リストではなく研究対象

Clark、Walters、Lefkowitzの研究では、欲求差を自覚する300人の成人が、性的・愛情的な差を扱うときの経験を語りました。テーマ分析で、代替行動、コミュニケーション、何もしない、気が進まないまま行動する、特定のパートナーに主導権を渡す、という5つの方略が現れました。

研究では、本人が差を問題だと感じているかどうかによって、使う方略と「役に立った」という評価が異なりました。これは、記事が「この方法を試せば解決する」と処方する根拠ではありません。特に、気が進まないまま性行為をすることや、片方へ主導権を固定することは、同意・安全・後の感情を別に考える必要があります。

別の長期関係の質的研究では、参加者が語ったテーマに、満足度だけでなく、時間による欲求・頻度・行動の変化、性への障壁、欲求差への対処が含まれました。差を一度の話し合いや一つの数値で完了する問題とみなさず、関係の時間軸と文脈を読む材料です。

低い欲求を、本人一人の原因にしない

Sonらは、男性とパートナー関係にあり、低い性欲を経験する女性130人に、その原因をどう捉えているかを尋ねました。回答の内容分析では、心理・個人、関係性、生物学、社会文化、性的指向・アイデンティティ・立場という5つの帰属カテゴリーが整理され、多くの参加者が複数カテゴリーを選びました。

大多数では低い欲求に対する否定的な感情が報告されましたが、どの感情を抱くかは帰属パターンと関連しました。この研究が示すのは、低い欲求を「ホルモン」「本人の性格」「パートナー」のどれか一つで説明するのが粗いことです。自己帰属の研究は、客観的な医学的原因を診断する研究とも異なります。

分けて読むもの

欲求の程度、性行為の頻度、性的満足度、関係満足度、本人の苦痛、周囲からの圧力、身体や薬の変化。

一つにしないもの

「欲求が低い」から「関係が悪い」「愛情がない」「ホルモン異常」「相手に合わせるべき」と結論すること。

「性欲が合わない」を読む5つの確認

  1. 何の差か:欲求の質問票、本人の知覚、行動頻度、開始の差のどれか。
  2. いつの差か:一時点の比較か、日ごとの変動か、数か月・数年の変化か。
  3. 苦痛は測ったか:差の大きさと、本人・パートナーが問題や苦痛と感じることを分ける。
  4. 誰のサンプルか:長期関係、臨床集団、性的・ジェンダー多様性、国や年齢を確認する。
  5. 因果を急がない:関連や語りから、低い側を原因にしたり、頻度や一致を目標値にしたりしない。

欲求の差そのものは、個人の価値や関係の合否を決める診断名ではありません。痛み、強い苦痛、急な変化、同意をめぐる不安がある場合は、相性ランキングではなく、医療機関や信頼できる相談先で個別に扱う問題です。

参考文献

  1. Jodouin, J.-F., Rosen, N. O., Merwin, K., & Bergeron, S. (2021). Discrepancy in Dyadic Sexual Desire Predicts Sexual Distress over Time in a Community Sample of Committed Couples: A Daily Diary and Longitudinal Study. Archives of Sexual Behavior, 50, 3637–3649. DOI 10.1007/s10508-021-01967-0PMID 34426897
  2. Kim, J. J., Muise, A., Barranti, M., Mark, K. P., Rosen, N. O., Harasymchuk, C., & Impett, E. (2021). Are Couples More Satisfied When They Match in Sexual Desire? New Insights From Response Surface Analyses. Social Psychological and Personality Science, 12(4), 487–496. DOI 10.1177/1948550620926770
  3. Clark, A. N., Walters, T. L., & Lefkowitz, E. S. (2024). “It’s an ongoing discussion about desire”: Adults’ strategies for managing sexual and affectionate desire discrepancies in romantic relationships. Journal of Marital and Family Therapy, 50(3), 669–686. DOI 10.1111/jmft.12709
  4. Arenella, K., Girard, A., & Connor, J. (2024). Desire discrepancy in long-term relationships: A qualitative study with diverse couples. Family Process, 63(3), 1201–1216. DOI 10.1111/famp.12967PMID 38234271
  5. Son, E. J., Wilkinson, L. E., Mathi, L. V. K., et al. (2025). Causal Attributions of Low Sexual Desire in Women Partnered with Men. Archives of Sexual Behavior, 54(1), 157–174. DOI 10.1007/s10508-024-02963-wPMID 39160411

出典は2026年8月11日に出版社ページ・PubMed・DOIの書誌情報と抄録を確認しました。研究の要約は日本語で再構成したもので、原文の長い引用ではありません。

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