RESEARCH GUIDE / 2026.09.16
ホルモン値だけで
性欲はわかる?
テストステロンやエストラジオールの曲線を見ると、ホルモン値から性欲の強さを逆算できそうに見えます。一次研究を並べると、血中濃度、短期的な介入、月経周期、加齢変化、自己報告の欲求は、それぞれ違う問いを答えています。
ホルモンは関係しうるが、単独の「性欲メーター」ではない
2025年の研究では、閉経前で月経のある女性588人について、テストステロン、DHEA、アンドロステンジオンを精密測定し、性欲・覚醒の質問票と組み合わせました。しかし、ホルモン濃度が異なるクラスの間で性欲に有意な差はなく、プロフィールだけで低い欲求を明確に識別できませんでした。
一方、2024年の無作為化試験では、健康な若い男女126人に短期間エストラジオールを投与しても、オルガスム頻度への効果はなく、性欲への効果も小さい結果でした。これはホルモンが無関係という意味ではなく、一つの血液値や短い操作から、生涯の欲望や個人の診断を決められないという意味です。
ホルモン研究と勧告を同じ「性欲の曲線」にしない
| 研究 | ホルモンの扱い | 欲求・性機能の扱い | 言える範囲 |
|---|---|---|---|
| Journal of Sexual Medicine 2025 | テストステロン、DHEA、アンドロステンジオンをLC-MS/MSで測定。 | Profile of Female Sexual Functionの欲求・覚醒領域。閉経前・月経あり女性588人。 | 血中ホルモンのプロフィールだけで低い欲求・覚醒を明確に識別できない。 |
| Psychoneuroendocrinology 2024 | エストラジオール吉草酸を2日間投与し、短期的なE2上昇を操作。 | 健康な若い男女126人の性欲とオルガスム頻度。二重盲検・無作為化・プラセボ対照。 | 短期のE2上昇はオルガスム頻度に影響せず、性欲への効果も小さかった。 |
| Scientific Reports 2024 | 血中ホルモンを直接測るのではなく、自然な月経周期の長さ・規則性を手がかりにした。 | 米国のFlo利用者16,327人、18〜57歳。10か月のアプリ記録で、性行動・高い性欲の記録・自慰を集計。 | 周期特性と性的動機づけの関連は小さく、実験的な因果は示さない。 |
| European Journal of Endocrinology 2025 | 男性6,354人の連続したT、bioavailable T、SHBGを平均4.3年追跡。 | 性欲は測定していない。 | 男性のホルモン加齢変化を示しても、性欲の加齢曲線や原因を直接示す研究ではない。 |
| Furlan et al. 2026 | 女性FSDを対象に、閉経前・周閉経期・閉経後で結果を層別化した系統的レビュー。33研究、更新検索は2026年。 | テストステロン療法、欲求、満足できる性行為、性機能の妥当な質問票。閉経前RCT 2件、閉経後RCT 7件。 | 閉経後は300μg/日の経皮療法を含む大規模RCTで欲求・HSDD症状の改善が報告された。閉経前は31〜261人規模の少数RCTで、長期安全性などは一貫しない。 |
| Sexual Medicine Reviews ICSM 2024 | 男性の低い性欲・勃起機能障害で、テストステロン、プロラクチン、甲状腺・成長ホルモンなどの評価を文献と勧告から整理。 | 男性の性欲、覚醒、陰茎勃起。ICSM 2024の国際コンセンサス。 | テストステロンとプロラクチンの評価は重要とされるが、他の内分泌評価は選択的。低ゴナド状態へのT療法の結果を、単一の検査値や全員の性欲へ広げない。 |
※ 同じ「ホルモン研究」でも、測定・操作・代理指標・対象が違います。結果を一つの0〜100スコアへ換算していません。
血液中の値と、組織での作用、自己報告は別
Wernerらの研究は、閉経前・月経のある女性を対象に、複数の性ステロイドと性機能を同じ分析へ入れました。高い覚醒のクラスが、必ずしも高いホルモン濃度のクラスではありませんでした。性欲についても、ホルモン濃度の異なるクラス間で有意な差は見られませんでした。
測っているもの
採血時点のテストステロン、DHEA、アンドロステンジオン。測定法はLC-MS/MSで、研究としては精密です。
測っていないもの
脳や組織での作用、関係性、ストレス、睡眠、服薬、痛み、性的な機会などを、血中値だけで置き換えることはできません。
この研究は「ホルモンが性機能に無関係」と結論したものではありません。対象・測定法・分析範囲を超えて、単一のホルモン値を性欲の診断テストにしない、という読み方が必要です。
エストラジオールを一時的に上げても、結果は単純ではない
Auerらは、健康な若い男女126人を二重盲検・無作為化・プラセボ対照で調べ、エストラジオール吉草酸を2日間投与して短期的な上昇を作りました。オルガスム頻度には効果がなく、性欲への効果も小さく、研究者は排卵期の性欲上昇を短期E2上昇だけで説明するのは難しいとまとめています。
ここから分かるのは、観察研究の「周期と欲求が一緒に変わる」という関連を、すぐにホルモンの直接的な因果へ置き換えられないことです。投与量、期間、対象、ベースラインの欲求、他のホルモンや心理社会的条件が結果を左右します。
月経周期のデータからホルモン値を直接読まない
Mengelkochらは、ホルモン避妊薬を使っていない米国のFlo利用者16,327人を、18〜57歳、10か月のアプリ記録で分析しました。短い周期や規則性と性的動機づけには関連がありましたが、効果量は小さく、性的動機づけの記録が次の周期長を確実に予測することもありませんでした。
この研究で使われた「性的動機づけ」は、性行動、高い性欲、自慰のアプリ記録を集計したものです。血中エストラジオールやプロゲステロンを連続測定した研究ではありません。大規模な縦断データでも、代理指標は代理指標として読む必要があります。
男性のホルモン加齢研究も、性欲の曲線とは別
UK Biobankを使った2025年研究は、男性6,354人を平均4.3年追跡し、テストステロン、bioavailable testosterone、SHBGの連続測定と加齢変化を調べました。bioavailable testosteroneの変化は、遺伝的スコアよりも一部の併存疾患と関連していました。
ただし、この研究は性欲を測っていません。したがって、ホルモンの変化が示されたことから「同じ割合で性欲が下がる」「性欲低下の原因はホルモンだ」とは言えません。年齢・健康・服薬・睡眠・関係性・本人の困りごとを別々に扱う必要があります。
男性の性欲では、ホルモン検査と症状を組み合わせて考える
RastrelliらによるICSM 2024の勧告は、男性の低い性欲や勃起機能障害で、どのホルモン評価が役立つかを文献レビューと専門家の合意から整理しています。テストステロンは男性の性欲・覚醒を調整する主要な役割を持つとされ、低ゴナド状態にある人では、テストステロン療法が低い性欲と勃起機能障害を改善し得るというメタ分析が紹介されています。
高プロラクチン血症は低い性欲と関連し、適切な治療で改善し得る一方、甲状腺・成長ホルモンの異常は見逃されることがあるものの評価は状況に応じます。エストラジオールやジヒドロテストステロンは測定上の問題があり、キスペプチンなどのペプチドは診断・治療への臨床利用がまだ確立していません。
この勧告は男性を対象にした国際コンセンサスで、女性の性欲や更年期の研究へそのまま一般化できません。低いテストステロン値だけで原因や治療適応を決めたり、ホルモン剤・サプリを自己判断で始めたりせず、症状、服薬、睡眠、持病などと一緒に医療者へ相談します。
女性のテストステロン療法は、更年期段階でエビデンスの厚みが違う
Furlanらの2026年レビューは、閉経前・周閉経期・閉経後の女性性機能障害(FSD)について、テストステロン療法の結果を更年期状態ごとに整理しました。Scopus、PubMed、CINAHLから810件を抽出し、重複除去とスクリーニングを経て33研究を採用しています。閉経状態は年齢だけでなく、各原研究の定義で分類されました。
閉経前女性の無作為化試験は2件で、経皮・膣内テストステロンにより欲求、満足できる性行為の頻度、性的満足度が改善した研究がありましたが、試験規模は31〜261人でした。閉経後女性では7件の無作為化試験が整理され、800人超を含む大規模試験もあり、300μg/日の経皮テストステロンで欲求やHSDD症状の改善が報告されました。
閉経後の研究
レビュー内では、閉経後の方が無作為化試験の数と規模が大きく、エビデンスが厚い領域です。ただし、FSDやHSDDの条件を満たす選択集団の平均結果であり、閉経後の全員に必要な療法という意味ではありません。
閉経前・移行期の研究
有望な結果はあるものの、試験数が少なく、対象者も小規模です。最適な適応、用量、長期安全性を、年齢や血中値だけから決められる段階ではありません。
このレビューが扱うのは、低い欲求だけでなくFSDに含まれる複数の性機能アウトカムです。性欲は血液検査の数値と同じではなく、本人の苦痛、身体症状、気分、関係性、服薬などを分けて評価します。更年期の段階・乾燥や痛み・ホルモン・性機能を同時に読みたい場合は、更年期と性欲の研究も参照してください。
「女性の性欲にはテストステロン」と一つの検査値や年齢へ短絡しません。研究対象、投与経路、期間、苦痛の条件、長期安全性の報告を確認し、自己判断でホルモン療法を開始・中止・変更しないことが重要です。
「ホルモンが性欲を決める」を見たら確認すること
- ホルモンは何か:総テストステロン、遊離・生物学的利用可能な値、DHEA、エストラジオールなどを区別する。
- 性欲は何か:欲求、覚醒、性行動、頻度、満足度、痛みのどれを測ったか。
- 時間軸は何か:一回の採血、2日間の介入、月経周期、数年の縦断追跡を同じ「変化」と扱わない。
- 対象は誰か:閉経前女性、閉経後女性、健康な若者、男性の集団などを越えて一般化しない。
- 臨床の問いか:平均の相関と、本人の苦痛や急な変化を評価する診療は別の目的である。
急な性欲の変化、痛み、強い苦痛、服薬開始後の変化がある場合は、検査値を自己解釈して薬を中止・開始せず、処方医や泌尿器科・婦人科などへ相談してください。このページは治療の指示や診断を行うものではありません。
参考文献
- Werner, M. A., Van Lissa, C. J., Both, S., Skiba, M. A., Bell, R. J., & Davis, S. R. (2025). Profiles of testosterone and pre-androgens and sexual function in premenopausal women. The Journal of Sexual Medicine, 22(3), 424–431. DOI 10.1093/jsxmed/qdae195 / PMID 39827084
- Auer, M. K., Joue, G., Biedermann, S. V., Sommer, T., & Fuss, J. (2024). The effect of short-term increase of estradiol levels on sexual desire and orgasm frequency in women and men. Psychoneuroendocrinology, 160, 106682. DOI 10.1016/j.psyneuen.2023.106682 / PMID 38056372
- Mengelkoch, S., Cunningham, K., Gassen, J., et al. (2024). Longitudinal associations between women’s cycle characteristics and sexual motivation using Flo cycle tracking data. Scientific Reports, 14, 10513. DOI 10.1038/s41598-024-60599-1
- Ogoniak, L., Sandmann, S., Varghese, J., et al. (2025). Role of genetics in the age-related testosterone decline in men: a UK Biobank study. European Journal of Endocrinology. DOI 10.1093/ejendo/lvaf143 / PMID 40673695
- Furlan, V. A., Hammad, M. A. M., Quesada, S., Nguyen, S., & Yih, J. (2026). Testosterone therapy for female sexual dysfunction: a systematic review of the literature demonstrating outcomes in premenopausal and postmenopausal women. The Journal of Sexual Medicine, 23(8), qdag206. DOI 10.1093/jsxmed/qdag206 / PMID 42430779
- Rastrelli, G., Antonio, L., Carrier, S., Isidori, A., & Maggi, M. (2025). The hormonal regulation of men's sexual desire, arousal, and penile erection: recommendations from the fifth international consultation on sexual medicine (ICSM 2024). Sexual Medicine Reviews, 13(4), 433–455. DOI 10.1093/sxmrev/qeaf025 / PMID 40519205
出典は2026年9月16日に原文・抄録・書誌情報を確認しました。研究の要約は日本語で再構成したもので、原文の長い引用ではありません。
性欲の測定方法を読む →
年齢研究の比較記事を読む →
トップの「欲望の時間割」へ戻る →