RESEARCH GUIDE / 2026.08.11
月経周期と性欲を、
平均と個人差に分ける
「排卵期は性欲が高まる」と聞くと、周期の特定日に気持ちが変わるように読めます。研究で測られているのは、性欲、性的覚醒、性行為の開始、実際の頻度、相手への関心、気分や身体症状のどれでしょうか。月経周期を一つの予定表にせず、平均的な変化と個人差、測定方法を分けて読みます。
排卵期に平均的な上昇は見えるが、「全員の予定表」ではない
日々の記録を使った研究のいくつかは、排卵前後を含む周期中盤に、性欲や性的動機づけが平均として少し高まる結果を報告しています。ただし、2周期を毎日測った研究では、周期中盤に上がる人、月経前後に上がる人、周期による変化がほとんどない人がいました。心理的な変化は、身体症状より性欲の日々の変化をよく説明していました。
2024年の事前登録日誌研究では、自然周期の人で周期中盤の一般的・カップル内の性欲と二者間の性行為開始が増えましたが、婚外相手への欲求の変化はホルモン避妊を使う人にもみられ、ホルモンだけが仕組みだとは決まりません。大規模なアプリ研究でも、周期の短さや規則性と「性行動・高い性欲・自慰の記録」を合わせた指標の関連は小さく、個人の排卵日を予測する結果ではありません。
月経周期と性欲を、研究デザインごとに分ける
| 研究 | 対象・方法 | 測ったもの | 主な読み方 |
|---|---|---|---|
| Kiesner et al. 2023 | 大学生の女性213人が、2周期にわたり毎日記録。月経周期と心理5項目・身体4項目を同時に測定。 | 毎日の性欲、気分やエネルギー、背中・関節痛などの周期関連変化。 | 平均では周期中盤に小さな上昇。周期中盤型、月経前後型、変化なしという大きな個人差があり、心理的変化の方が重要だった。 |
| Marcinkowska et al. 2023 | 自然周期でホルモン避妊を使わないポーランドの女性97人。LH検査で排卵前後を確認し、排卵周辺と黄体期を比較。 | エストラジオール・プロゲステロン、性欲、覚醒、性行動頻度、開始。 | 排卵周辺と黄体期で複数の性機能指標に差。個人内のエストラジオールは性欲と正、プロゲステロンは性欲と負に関連したが、覚醒・開始へのホルモン効果は支持されなかった。 |
| Diamond et al. 2022 | 性的指向が多様なシスジェンダー女性148人が1か月毎日記録。同性・異性への動機づけを分けて分析。 | 相手の性別ごとの性的動機づけ、性行動、唾液エストロゲン・テストステロン。 | 高受胎期の動機づけの変化は指向性で異なり、パートナーとの性接触率は増えなかった。全員に同じ周期モデルを当てはめない材料。 |
| van Stein et al. 2019 | 主に男性に惹かれる76人の女性と2人のアジェンダー、計78人。LH検査で確認した3つの周期段階を縦断比較。 | 性欲、身体像、配偶者選好、無コミットな関係への志向。 | 受胎可能期の性欲と身体像は高かったが、相手の好みや社会性の変化はみられなかった。性欲の変化を、相手選びの変化へ広げない。 |
| Schleifenbaum et al. 2024 | 40日間の事前登録オンライン日誌。自然周期209人とホルモン避妊使用181人、計390人。 | 一般・カップル内・婚外の性欲、二者間・単独の行動、食欲など。 | 排卵期の一般・カップル内の性欲と二者間の開始は増えた。婚外欲求の増加は避妊使用群にもあり、ホルモン機序だけでは説明しきれない。 |
| Mengelkoch et al. 2024 | 米国の自然周期の月経アプリ利用者16,327人を、約10か月のログで追跡。 | 周期長・規則性と、性行為、強い性欲、自慰を合わせた「性的動機づけ」ログ。 | 短く規則的な周期と動機づけの関連は小さい。排卵日を確認した研究ではなく、行動ログと性欲を一つにした観察研究。 |
※ 周期日、LH検査、血中・唾液ホルモン、アプリログでは測っているものが違います。研究間の平均値や割合を一つの「排卵期スコア」に合成しません。
「周期で性欲が変わる」を六つに分ける
性欲の変化と、性行為の回数や身体反応の変化は同じではありません。月経周期の研究を読むときは、まず何が測られたかを確認します。
欲求・性への関心
性行為をしたい、考える、受け入れたいという主観的な気持ち。一人への欲求、相手への欲求、一般的な欲求は別の指標です。
覚醒・潤滑
興奮や身体反応、膣の潤滑など。欲求があっても身体反応が同じとは限らず、性欲の一語へまとめません。
性行動・開始
相手との性行為、自慰、開始の有無や頻度。パートナーの都合、関係性、時間、避妊、文化が同時に動きます。
相手への関心
一般的な欲求、現在のパートナーへの欲求、婚外関係への志向は別の構成概念です。周期の結果が同じ方向とは限りません。
気分・エネルギー
幸福感、抑うつ気分、気分の波、疲労、痛み。これらの周期変化が性欲の日々の変化と一緒に動くことがあります。
周期の推定方法
カレンダーの周期日、LH検査、ホルモン測定、アプリのログは同じではありません。周期中盤を排卵日と同一視しない読み方が必要です。
「排卵期に上がる」という平均結果があっても、排卵日を使って性欲や性行為を予定どおりにしなければならない、という指示にはなりません。
「周期14日目」を排卵日として固定しない
研究では、周期日を数えるだけでなく、尿中LH検査で排卵の近さを確認したり、エストラジオールやプロゲステロンを測ったりします。周期の長さや規則性には個人差があるため、ある人の「中盤」が別の人の排卵前後と同じとは限りません。アプリの記録は長期の傾向を見る材料になりますが、性的動機づけのログから個人の排卵日や妊娠可能性を逆算するデータではありません。
また、周期中の変化を測る研究と、人と人との平均差を測る研究は分けます。短い周期の人が平均として少し高い動機づけを示したとしても、同じ人の翌月に「何日目だから必ず上がる」と予測できるわけではありません。
比較的強い設計
同じ人を複数回測る、LHやホルモンを確認する、性欲と行動を分ける、個人内の変化をモデル化する。これらが揃うほど問いを細かくできます。
読み過ぎになる設計
周期日だけで排卵を決める、単一の質問を性機能全体と呼ぶ、アプリの行動ログを欲求そのものと扱う、平均値を個人の予定表に変える。
ホルモンの関連と、日々の体験を一つにしない
エストラジオールやプロゲステロンと性欲の個人内変化を関連づける研究はあります。一方、別の研究ではホルモンと性行動や相手別の動機づけの関係が単純ではなく、性的指向やパートナーとの関係によって結果が変わりました。ホルモンの値だけで、本人の性欲の原因や治療を決めることはできません。
気分、睡眠、疲労、痛み、出血、身体像、妊娠への不安、相手との時間は、周期とともに動く場合があります。Kiesnerらの研究では、心理的変化の方が身体的変化より日々の性欲をよく予測しました。だからといって心理状態だけが原因という意味ではなく、複数の経路を分けて測る必要があるということです。
「ホルモンが動いたから性欲が決まる」ではなく、どのホルモンを、いつ、誰に、どの質問で測ったかを確認します。研究の相関は、個人の診断名や服薬の指示ではありません。
自分の変化を読むなら、一周期の印象で決めない
周期による変化が気になる場合は、少なくとも複数周期で、性欲、覚醒・潤滑、痛み、出血、気分、睡眠、性行動の機会を別々に記録します。研究のように毎日同じ質問へ答えられなくても、「上がった・下がった」だけでなく、何が同時に起きたかを残すと、性欲と身体症状を分けて見やすくなります。
相手の有無や関係性、避妊法、授乳、薬、ストレスなどが変わった月は、周期の効果だけとして扱いません。月経が来ない、出血や痛みが強い、急な性欲や気分の変化が続く、性交や日常生活に困りごとがある場合は、周期スコアで自己判断せず、婦人科などの医療者へ相談します。
排卵検査薬や月経アプリの使い方、妊娠を避ける方法は別の目的を持ちます。性欲の研究記事を、避妊や妊娠可能性の判定に使わないでください。
研究が教えないことを、先に線引きする
- 「排卵期は全員の性欲が必ず高い」「月経中は必ず低い」という個人への予測。
- 周期日だけから排卵日、妊娠可能性、望ましい性行為のタイミングを決めること。
- 性欲の平均変化を、性的覚醒、潤滑、オルガズム、満足度、性行為頻度の変化へ広げること。
- 自然周期の研究結果を、ホルモン避妊、PCOS、無月経、授乳、周閉経期などへそのまま一般化すること。
- ホルモン値やアプリログだけで、本人の性欲の原因、病気、治療を決めること。
平均の傾向は、個人差を消すためではなく、個人差がどこにあるかを考える出発点です。性欲の変化がつらいときは、同意・身体の安全・本人の体感を研究の平均より先に置きます。
参照した一次研究
- Kiesner J, Bittoni C, Eisenlohr-Moul T, Komisaruk B, Pastore M. Menstrual cycle-driven vs noncyclical daily changes in sexual desire. J Sex Med. 2023;20(6):756–765. DOI: 10.1093/jsxmed/qdad032. PMID: 37037659.
- Marcinkowska UM, Shirazi T, Mijas M, Roney JR. Hormonal Underpinnings of the Variation in Sexual Desire, Arousal and Activity Throughout the Menstrual Cycle - A Multifaceted Approach. J Sex Res. 2023;60(9):1297–1303. DOI: 10.1080/00224499.2022.2110558. PMID: 36018001.
- Diamond LM, Dickenson JA, Blair KL. Menstrual Cycle Changes in Daily Sexual Motivation and Behavior Among Sexually Diverse Cisgender Women. Arch Sex Behav. 2022;51(1):577–588. DOI: 10.1007/s10508-021-02171-w. PMID: 35028805.
- van Stein KR, Strauß B, Brenk-Franz K. Ovulatory Shifts in Sexual Desire But Not Mate Preferences: An LH-Test-Confirmed, Longitudinal Study. Evol Psychol. 2019;17(2). DOI: 10.1177/1474704919848116.
- Schleifenbaum L, Stern J, Driebe JC, Wieczorek LL, Gerlach TM, Arslan RC, Penke L. Ovulatory cycle shifts in human motivational prioritisation of sex and food. Horm Behav. 2024;162:105542. DOI: 10.1016/j.yhbeh.2024.105542.
- Mengelkoch S, Cunningham K, Gassen J, Targonskaya A, Zhaunova L, Salimgaraev R, Hill SE. Longitudinal associations between women’s cycle characteristics and sexual motivation using Flo cycle tracking data. Sci Rep. 2024;14:10513. DOI: 10.1038/s41598-024-60599-1. PMID: 38714675.
参照日は2026年8月11日。研究の対象、周期の確認方法、測定した構成概念、個人差を確認し、平均的な関連を個人の予定表や医療判断へ言い換えていません。
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