RESEARCH GUIDE / 2026.08.11

避妊法と性欲を、
製剤と測定法に分ける

「ピルを始めてから性欲が変わった」と感じたとき、研究が測っているのは性欲だけとは限りません。欲求、覚醒・潤滑、性行為の頻度、満足度、性的な苦痛、出血や気分などの副作用、妊娠への不安が軽くなった感覚は別の問いです。ピル・IUD・インプラント・注射を同じ一つの効果にせず、製剤と研究デザインの違いから読み直します。

公開日 2026年8月11日 / 最終更新 2026年8月11日 / 欲望の時間割 編集部

「ピルは性欲を下げる」は、研究の一部しか表さない

無作為化比較試験では結果が一方向ではありません。レボノルゲストレル配合ピルの試験では、性機能全体はプラセボと差がなかった一方、欲求・覚醒・快感の領域は小さく低下し、満足できる性行為の回数や性的苦痛には差がありませんでした。エストラジオール配合ピルの別の試験でも、性への関心は小さく低下しましたが、臨床的に意味のある悪化を報告した割合や性機能総得点はプラセボと差がありませんでした。

2,157人の新規避妊法ユーザーを3か月追った研究では、平均的な性機能・満足度の変化は小さい一方、51%は性生活が良くなった、15%は悪くなったと主観的に答えました。大規模なECHO無作為化試験の二次分析でも、方法間の性欲・性行動の差は小さく、研究結果は「全員が同じ副作用を経験する」という話ではありません。

避妊法と性機能を、研究デザインごとに分ける

研究対象・方法測ったもの主な読み方
Zethraeus et al.
2016
健康な18〜35歳340人を、レボノルゲストレル+エチニルエストラジオール配合ピルまたはプラセボへ無作為化。3か月。PFSFの総得点と欲求・覚醒・快感、満足できる性行為の回数、性的苦痛。総得点、回数、苦痛は差なし。欲求・覚醒・快感の領域は小さく低下した。配合と期間が限定された試験。
Lundin et al.
2018
健康な女性202人を、エストラジオール+ノメゲストロール酢酸エステル配合ピルまたはプラセボへ無作為化。3周期。McCoy Female Sexuality Questionnaire、性への関心、血中・毛髪テストステロン。性への関心は小さく低下したが、臨床的に意味のある悪化の割合と性機能総得点は差なし。別の製剤を同じ「ピル」の結果にしない。
Higgins et al.
2022
新しい避妊法を始めた2,157人。ピル、IUD、インプラント、注射、リングを開始前・1・3か月で追跡。FSFI-6、性的満足度、避妊法が性生活を良くしたか悪くしたか、出血・副作用。平均の機能・満足度の変化は小さいが、主観的な改善51%、悪化15%。方法の身体的影響と妊娠不安の変化が同じ回答に重なる。
Handy et al.
2023
自然周期59人、アンドロゲン作用のあるピル50人、抗アンドロゲン作用のあるピル21人。計130人の横断研究。性的映像への膣血流・潤滑反応、膣の萎縮感、女性性的覚醒障害。両方のピル群で反応の低下がみられ、抗アンドロゲン群で目立った。横断研究で、製剤の変更が個人に同じ変化を起こすとは証明しない。
Hofmeyr et al.
2024
ECHO無作為化試験の7,829人。DMPA注射、銅付加IUD、レボノルゲストレル・インプラントへ割り付け、12〜18か月追跡。性欲の低下、性行為回数、パートナー数、コンドーム使用などの行動。性欲低下の報告はDMPA 1.6%、インプラント1.1%、銅IUD0.5%。差は小さく、ピルの試験ではない。性行為行動と性欲を混同しない。
Ye et al.
2026
銅IUD、LNG-IUS、エトノゲストレル・インプラント各30人、計90人の後ろ向きコホート。挿入前・1・3・6か月。FSFI、性的頻度、パートナーの性的満足度、性機能障害。LNG-IUS群でFSFI総得点が低く、銅IUD群で欲求・満足度が高かった。小標本・後ろ向きで、方法を選んだ背景や個人差を分けられない。

※ 製剤、対象、期間、比較群、質問票が違うため、研究間の割合や平均値を単純にランキングしません。避妊法の効果・安全性の選択は性機能の一項目だけで決まりません。

「ピルで性欲が変わった」を六つに分ける

副作用欄の「性欲」と、研究で測る性機能は同じではありません。自分の変化を、まず別の箱に入れます。

欲求・関心

性への考え、開始したい気持ち、受け入れたい気持ち。一人の欲求や相手への欲求、時期による変化も含みます。

覚醒・潤滑

興奮、膣血流、潤滑などの身体的・主観的な反応。欲求があっても身体反応が変わることがあります。

頻度・行動

性行為の回数、相手の有無、コンドーム使用など。妊娠への不安、出血、関係性、機会の変化が同時に影響します。

満足度・快感

性生活や一回の性行為をどう感じたか。欲求や頻度が同じでも、快感や満足度は変わり得ます。

痛み・身体症状

乾燥、性交痛、出血、乳房の張り、吐き気、気分変化など。性欲の一言で身体症状を隠さないことが重要です。

性的な受け止め・苦痛

避妊法が性生活を良くしたか悪くしたか、本人がどれほど困っているか。平均スコアとは別の主観的な指標です。

性欲が変わらなくても、潤滑や痛みが変わることがあります。性機能スコアが変わらなくても、出血や気分、副作用への不安が性生活の受け止めを変えることがあります。

「ピル」を一つの薬にしない

ピルと呼ばれる配合剤でも、エストロゲンの種類・量、プロゲスチンの種類、服用周期が異なります。Zethraeusらはレボノルゲストレル+エチニルエストラジオール、Lundinらはエストラジオール+ノメゲストロール酢酸エステルを使いました。両方ともプラセボ比較ですが、測定尺度と結果の出方が同じではありません。

二つの試験に共通するのは、「総得点や臨床的な悪化の割合では大きな差が出ない一方、欲求・覚醒・関心など一部の領域には小さな差が出ることがある」という読み方です。個人の体感を否定する材料でも、全てのピルに当てはめる根拠でもありません。

研究で固定されていたもの

製剤、用量、服用期間、比較薬、質問票、年齢や健康状態など。固定された条件があるから、平均的な差を比較できます。

日常で同時に動くもの

月経痛、出血、肌や気分、妊娠への不安、関係性、仕事や睡眠。実生活の良さ・悪さは、薬理作用だけで決まりません。

平均の変化と、性生活への実感を分ける

Higginsらの前向きコホートでは、FSFI-6や性的満足度の平均変化は方法間で大きくありませんでした。それでも、新しい方法が性生活を良くしたと感じた人と、悪くしたと感じた人がいました。出血が減った、副作用が少なかった、IUDを使ったことは改善側の回答と関連し、身体的副作用や出血増加、リングの使用は悪化側の回答と関連しました。

ここで大切なのは、51%と15%を「この方法は良い・悪い」のランキングにしないことです。この研究は3か月時点の新規開始者で、継続できた人が中心です。方法を中止した人、長期の変化、パートナー側の経験は平均値に十分反映されない可能性があります。

避妊の安心感で性生活が良くなる人もいれば、出血・痛み・気分変化で悪くなる人もいます。体感と平均値が違っても、どちらかを間違いと決めません。

IUD・インプラント・注射の行動データを、ピルの結果にしない

ECHO試験の二次分析は、DMPA注射、銅IUD、レボノルゲストレル・インプラントを無作為に割り付けた大規模データです。性欲低下の報告や性行為回数には小さな群差がありましたが、測定は3か月ごとの自己報告で、ピルの試験ではありません。方法ごとの違いだけでなく、出血パターン、妊娠への不安、地域や年齢も読む必要があります。

2026年の90人後ろ向き研究では、LNG-IUS、銅IUD、インプラントのFSFIを挿入前から6か月まで比べ、領域ごとに異なる結果が出ました。ただし、方法を無作為に割り付けておらず、少人数です。LNG-IUSが全員に不適、銅IUDが全員に最適という結論にはなりません。

性欲だけで避妊法を決めない、性欲を無視もしない

避妊法の選択は、妊娠を避けたい期間、健康状態、出血、痛み、費用、手間、将来の妊娠希望、性感染症予防、本人の希望などを含む決定です。WHOは、方法の選択は健康・好み・必要に応じて行い、医療者の助言で適切な方法を探せると説明しています。

CDCの2024年の実務案内でも、配合ホルモン避妊法を使う人は、副作用や問題、方法を変えたい希望をいつでも医療者へ相談できるとされています。性欲、潤滑、痛み、気分、出血の変化が続いて困る場合は、処方者や婦人科などに経過を伝えます。記事の結果だけを根拠に、自己判断で中止・変更・併用を決めません。

コンドームは妊娠予防に加え、性感染症予防という別の役割があります。避妊法と性感染症予防を同じ効果として数えないでください。

研究が教えないことを、先に線引きする

  • 「ピルは性欲を必ず下げる」「銅IUDなら必ず上がる」という個人への予測。
  • 一つの製剤の無作為化試験から、全ての配合ピル・ミニピル・リング・パッチへ結果を広げること。
  • 性機能スコアや性欲の報告から、避妊法の安全性・有効性・妊娠希望まで一つの順位にすること。
  • 血中テストステロンやSHBGの変化だけで、本人の性欲の原因や治療を決めること。
  • 体感がつらいときに、避妊の空白や妊娠リスクを考えず自己判断で服用を止めること。

研究の平均値より、本人の体感・同意・避妊の希望・身体の安全が先にあります。突然の強い痛み、異常な出血、気分の急な悪化などがある場合は、性的な数値ではなく医療者へ相談してください。

避妊法と性欲の研究を読む5つの確認

  1. 何が変わったか:欲求、覚醒・潤滑、痛み、性行為頻度、快感、満足度、性的苦痛を分ける。
  2. 何の方法か:エストロゲン・プロゲスチンの種類、IUD、インプラント、注射、リングなど、製剤と方法を特定する。
  3. 誰と何を比べたか:プラセボ、別の方法、自然周期、開始前の自分のどれか。無作為化か、方法を自分で選んだ研究かを見る。
  4. 平均か実感か:FSFIなどのスコア、性行為の行動、性生活が良くなった・悪くなったという主観を混ぜない。
  5. 次の相談は何か:体感、出血、痛み、気分、妊娠予防、性感染症予防を整理し、必要なら処方者へ相談する。記事から自己変更しない。

参照した一次研究・公的案内

  1. Zethraeus N, Dreber A, Ranehill E, Blomberg L, Labrie F, von Schoultz B, Johannesson M, Lindén Hirschberg A. Combined Oral Contraceptives and Sexual Function in Women—a Double-Blind, Randomized, Placebo-Controlled Trial. J Clin Endocrinol Metab. 2016;101(11):4046–4053. DOI: 10.1210/jc.2016-2032. PMID: 27525531.
  2. Lundin C, Malmborg A, Slezak J, Gemzell Danielsson K, Bixo M, Bengtsdotter H, Marions L, Lindh I, Theodorsson E, Hammar M, Sundström-Poromaa I. Sexual function and combined oral contraceptives: a randomised, placebo-controlled trial. Endocr Connect. 2018;7(11):1208–1216. DOI: 10.1530/EC-18-0384. PMID: 30352399.
  3. Higgins JA, Kramer RD, Wright KQ, Everett B, Turok DK, Sanders JN. Sexual Functioning, Satisfaction, and Well-Being Among Contraceptive Users: A Three-Month Assessment From the HER Salt Lake Contraceptive Initiative. J Sex Res. 2022;59(4):435–444. DOI: 10.1080/00224499.2021.1873225. PMID: 33560155.
  4. Handy AB, McMahon LN, Goldstein I, Meston CM. Reduction in genital sexual arousal varies by type of oral contraceptive pill. J Sex Med. 2023;20(8):1094–1102. DOI: 10.1093/jsxmed/qdad072. PMID: 37295939.
  5. Hofmeyr GJ, Singata-Madliki M, Batting J, Steyn P, Thomas KK, Issema R, et al. Sexual behaviour among women using intramuscular depot medroxyprogesterone acetate, a copper intrauterine device, or a levonorgestrel implant for contraception: Data from the ECHO randomized trial. PLoS One. 2024;19(5):e0299802. DOI: 10.1371/journal.pone.0299802. PMID: 38722832.
  6. Ye S, Ma L, Huang Y, Su B, Cao Y, Huang J, Zhu J. Effect of different long-acting reversible contraceptive methods on female sexual function: a retrospective cohort study. BMC Womens Health. 2026;26. DOI: 10.1186/s12905-026-04601-0. PMID: 42277791.
  7. Centers for Disease Control and Prevention. Combined Hormonal Contraceptives. U.S. Selected Practice Recommendations for Contraceptive Use, 2024.

参照日は2026年8月11日。研究の対象・製剤・尺度・制約を確認し、相関を個人の原因や処方変更の指示へ言い換えていません。

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